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銚子で戦没者追悼の慰霊祭 翔天の碑と忠霊塔で平和祈る

遺族会の会員

遺族会の会員

 終戦の日の8月15日、戦没者を追悼し平和を祈念する行事が銚子市内で行われた。春日台町児童公園(銚子市春日台町)では「翔天の碑慰霊祭」が、忠霊塔(銚子市前宿町)では追悼行事が、それぞれ行われ、遺族や関係者、一般参加者らが戦没者を悼んだ。

忠霊塔で戦没者を悼む

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 翔天の碑周辺には戦時中、旧日本陸軍の下志津陸軍飛行学校銚子分教場があり、滑走路も設けられていた。1944(昭和19)年11月には、同分教場から20歳前後の若者18人が特攻隊員として出撃し、フィリピンのレイテ島沖などで17人が戦死したとされる。

 翔天の碑は、飛行学校跡地に1993(平成5)年に建立された。慰霊祭には、18人のうち唯一生き残り、10年前に亡くなった吉武登志夫さんのご子息も参列し、翔天の碑慰霊祭実行委員会の塚本登代表が、吉武さんが生前残した「日本国民としてのプライドをいつも持ってください」という言葉を読み上げた。

 慰霊祭では、吉武さんが残した手記「生き残り特攻隊員の手記 長い日日」も紹介された。参列者は戦地へ向かった若者たちに思いを寄せ、犠牲となった戦没者を追悼するとともに、平和への祈りをささげた。

 忠霊塔では9時から12時30分まで霊安室を開き、祭壇を設けた。正午には全国戦没者追悼式に合わせて黙とうを行った後、遺族会や関係者、銚子市長をはじめとする行政職員、一般参加者らが焼香し、戦没者を悼んだ。

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